5年前、会社は空前の好景気、お調子者のAはふざけて舟から落ち、2時間もあとに奇跡的に同僚に助けられたのだった。Aはその間のことを、同僚には何も覚えていないと話したが、実は海の中で出会った人魚の記憶だけは、はっきりと思い出すことができた。
  美しい人魚はAに告げた。あなたは死んでしまうには若すぎます。きっとまたいつか、お友達の役に立つ日が来るでしょう。いいですか、私のことを誰にもしゃべってはいけません。約束するなら、あなたを助けましょう。そのかわり、もし約束をやぶったら、あなたは魚になって、一生を終えなくてはなりません。
  あの時、人魚はそう俺に言ったんだ。酒のいきおいで、Aは同僚達の前で言い放った。正直に言えば、人間をやめて魚に生まれ変わり、なにもかも忘れて大海を泳ぎまわりたかった。うまくいけば、またあの美しい人魚に会えるかもしれない。人間なんかに未練はなかった。しゃべり終わったとたん、体には無数のウロコが浮かび上がりAは気を失った。
  あの時、Aを助けられなかったのは残念だったよ。でも、あいつのおかげで会社は社員管理に力を入れてくれた。おかげでわが社は一人もリストラをすることなく順調だ。気がつくと、まわりで同僚がAをなつかしむように話す声が聞こえた。あいつはわが社の一番の貢献者だったよ。同僚達は満足そうに祝杯をあげた。何か言いたげに口をパクパクさせる、生き造りにされたAの体をつつきながら。

vol.32
Mm by paku
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