親父のまさ夢 (狸伝説)



思えば4年前の平成7年6月20日、60日間の入院生活の後、大垣市
民病院で、「妻」 良子が亡くなった。
7月8月は御承知の通り蒸し暑さと妻の死亡によるストレスも手伝って寝
られない、そんな日が続く中、裏山にでて 場所は夢の観音堂跡地に立
って 大きな声を上げること4.5回自宅に帰り寝ると気持ちよく休めた。
そんなことを3回ほど繰り返した。
平成7年8月8日4時近くのことである、何となく重苦しい何か大きな物が
のし掛かる様な重圧感を感じ、夢とも現実とも解らぬ不思議な中に今まで
見たことも無い様な大きな熊とも猪とも見分けもつかぬ獣が目の前に仁
王立ちになり、よくよく見れば狸ではないか、その狸の腹は非常に大きく
又異常に光っているではないか。
自分は何かと訪ねる......
身丈は八尺の狸と答えた、』 更に狸は『この山は 日照山城田寺 と言
うお寺の跡地であると答え、僧侶が48人いた』 と狸は言う、大水害と山
津波があり1瞬にして無くなったと寂しげにつぶやく......
『身丈8尺の狸を立てるように、』 と狸にたのまれた。
私は何のためにかと訪ねると、狸は 『大きな腹 光る腹 を道しるべに
......』 
私は 平成8年8月8日に建立を約束をした。
目が覚めた、『福狸、大きな腹が、道しるべ』 僧侶が狸に見えたのか、
再度目をこすってみたが何も見えなかった。
狸との際会を楽しみにしている。


     1999年3月17日        岐阜市城田寺127−2

                         著者   脇原  一
   


夢の観音堂跡地



日照山城田寺 跡地



8尺の福狸



狸との約束 『句碑』



『狸公園』



夢舞台の全景



終わりに

 
 この話を信じる信じないは個人の自由であるが、8尺の
福狸を建立してから商売が繁盛し始めたのは事実である、
あるいは、福狸のご加護かもしれない。
我々の住む 濃尾平野は日本のほぼ中央に位置し、四季
折々気候にも恵まれている。
台風や自然災害の比較的少ない稲作には適した所ではない
だろうか、にもかかわらず農業を疎かにし 稲作を止めようと
している、そんな我々に対し 僧侶が狸に成り代わり、警鐘を
ならしに来てくれたのかもしれない。

                             脇原一也